サラリーマンという呪縛から開放されたい。
しかし、開放される方法がわからない。
こんにちは。
僕は1971年生まれ。
仕事は、大手のソフトウェア会社に出向で入っている一介のプログラマーです。
40代後半で年収は550万円ほど貰っています。
特別多くはないですが、暮らしていくのには十分なお給料をいただいていると思います。
それにも関わらず、43歳の時、初めての子供が産まれたのですが、キャリア20年の会社員の地位を捨てて独立することを決意しました。
ソフトウェア開発の世界しか知らない僕が、なぜ脱サラを考えたのか。
どうして脱サラできると考えたのか。
脱サラしたいと考えたことがある方には絶対ためになる、情報を共有したいと思います!
日本にはサラリーマンが89.2%いると言われれていますから、正社員として会社で働くことが世の常識とされるのは無理からぬことです。
僕ももちろんそう思って、20年以上サラリーマンをしてきました。
しかし、サラリーマンであることが常識と頭ではわかっていても、ココロでは疑問なことがだんだんと増えていきました。
そして、決定的な出来事があり、僕は脱サラを本気で考え始めました。
「仕事で家に帰れず、奥さんが0歳の子供を置いて家を飛び出した。」
衝撃的なタイトルですが^^;
まずは先に、軽く僕の自己紹介をさせていただきます。
僕は20年以上、ソフトウェア業界でサラリーマンとして働いてきました。
性格的には安定志向で、目の前に与えられたジョブを一生懸命こなすタイプだと思います。
40代に入って結婚し、子どもが生まれました。
奥さんにとっても30代後半での出産でしたが、待望の子宝でした。
しかし、子どもが6ヶ月を過ぎた頃、「事件」は起きました。
望んで産んだ子どもでしたが、一日中一対一で対峙している奥さんは煮詰まってきていました。
その頃僕は、仕事の帰りが22時を過ぎることが多く、帰宅したときは奥さんも子供も眠った後でした。
朝出るときは、4時間ごとの授乳で疲れきって眠っている奥さんに気をきかせて、そっと出かけていました。
今思えば、会社からもっと早く帰って、1日にあった話を聞いたりして、閉鎖された世界に閉じ込められた奥さんのストレスを少しでも解放するよう努めるべきでした。
僕の当時の仕事現場は、3ヶ月で仕様決定から納品まで終わらせるという、突貫工事でした。
その現場のリーダは人数合わせと言っては失礼ですが、状況を的確に把握して「何人月かかる」といった把握が出来ない人でしたので、途中で人員が3倍に増やされたりしました。
僕の感覚だと突貫工事の現場に増員した場合、ほとんどうまくいきません。
うまくまとまらないからです。
それでも終わらないことがわかっているから増員せざるを得ない。
そういう、まぁよくあるヤバい現場でした。
幸いにも、要員をアサインする側はそのヤバさがわかっていたので、若いながらもデキる人員を揃えました。
しかし皆若いので、僕はよく相談されました。
僕は相談役としての役回りなのは承知していました。
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2ヶ月ほどたってプロジェクトが佳境に入ってきた頃。
仕事の最中だった午前11時くらいだったと思いますが、奥さんから僕の携帯へ電話がかかってきました。
「もう限界なんだよ!」
後ろでは子供が泣き叫ぶ声が聞こえます。
「うるさい!!」
そう子どもに怒鳴っている奥さんの様子は、明らかに尋常ではありませんでした。
でも現場に繋がれている僕はそのときすぐにどうすることもできず、「子どもは大丈夫か」「奥さんは大丈夫か」気ばかりはやって、仕事にも集中できなかったと思います。
その時の記憶は断片的で、その夜帰ってからどうだったのか。
どうしても思い出せません。
そして次の日、僕が会社へ行こうとしたとき、奥さんはぷいっと出て行ってしまった。
その事実はよく覚えています。忘れようにも忘れられません。
まさか本当に奥さんが子供を置いて出て行ってしまうなど、予想も付かない出来事でした。
これからこの子と僕はどうしたら良いのか。
子どもの面倒を見ながら、どのようにお金を稼げばいいのか。
納期まで1ヶ月を切っている仕事をどのように片付ければいいのか。
いろいろな不安がぐるぐると押し寄せて、ズシンと肩に乗っかってきました。
その不安はいくら考えても解決することがありませんでした。
なぜかワイシャツのまま、エルゴの抱っこひもで前おんぶをして、
子どもを預けられるところ、認可外保育園を闇雲にネットで探していました。
その後、これも経緯ははっきり覚えていないのですが、結果的に奥さんは帰ってきました。
人生で間違いなく一番に追い詰められた瞬間で、記憶があやふやなのです。
感覚として残っているのは、いろいろなことが重なり、奥さんが帰ってきたのは「運が良かったから」ということだけです。
しかし、またいつ八方ふさがりで、途方にくれながら目の前の子どもの世話に明け暮れることになるか。
不安な僕は、そのとき始めて脱サラするしかない、と意識しました。
「サラリーマンの呪縛」
このように決定的に脱サラを決意する出来事があったのですが、それ以前に、会社員として続けていくことへの淡い疑問は感じていました。
☑毎日の満員電車。自分の陣地を確保することに全精力を注ぎ、リュックを背負いながらスマホをいじっているような奴がいれば、本気で殺したくなっている。
☑台風でびしょびしょになっても、大雪で歩けなくても。電車が大幅に遅れてホームは入れず、体の体温が奪われるのを必死にこらえながら我慢してでも、会社へは行くことになっている。
☑どの現場でも同じ仕事の流れ、同じ作業、同じトラブル。ベテランと言われる職歴になって、同じストレスを繰り返し続けていくことへ嫌気がさしている。
仕事に対して若い頃より熱くなれないことが、この生活を終わらせたい、と考える一因でした。
我慢することが稼ぐこと。そう自分に思い込ませていました。
しかし、プログラマーしか経験のない僕が脱サラするには、どうしたらよいのか。
急に脱サラしても、プログラミングの仕事は得られない。
サラリーマン時代に固定のお客さんに恵まれなければ、脱サラして仕事をとってくることなどできない。
仮に固定のお客さんができたとしても、お客さんの会社が苦しくなれば、簡単に切られる。
そうなったとき、自分で営業して仕事をとってこれるのか。
今までしてきた僕の仕事とは、いかにプログラムをスケジュールに間に合わせて納品できるか、
または納品後の修正依頼に応えられるよう変更しやすい設計をするか、
プログラムを構築する技術力を問われる仕事でした。
期限どおりに納品するためには、あるべき姿から離れたプログラムでも「とりあえず」動く、といった姿で仕上げることもままあります。
そういったことも含めてプログラミング技術を要するし、それができるように日々経験を積みながら勉強する、技術力を獲得する時間をかけてきました。
そんな僕のお客さんからの評判は、それなりに良かったと思います。
それでも。
お客さんの予算が尽きれば、簡単に放出されてしまう。
いくら評価されていても、会社の都合で簡単に終わっていしまうプロジェクトを、いくつも経験してきました。
これが会社員なら放出されても、次の仕事が見つかるまでサラリーを得られます。
そして口を開けて待っていれば、次の仕事を見つけてきてもらえます。
しかし独立したら。。。
1.仕事を探してきて、
2.仕事を取るために自分を売り込んで、
3.開発を行う。
1人でこの3役をこなす必要がある。
僕には到底ムリだと思えました。
僕には何より、自分自身を売り込むような交渉力はない、
交渉力がなければ、独立などできない、と思い込んでいました。
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すぐに脱サラは不可能なので、要はサラリーを超える資産を手にすれば良いのではないか。
そんな思いで、株式投資、為替取引(FX)に手を出したりもしました。
しかし、僕には合わず、うまく稼ぐことはできませんでした。
子どもも産まれて一人ではないので、リスクは最小限にしたいと考えました。
「リスクのない不労所得とは」
そんなとき、「ネットビジネスが不労所得になる」という記事をネットで見かけました。
自分で作ったサイトに広告を載せることで収入が入る。
一度作り切ってしまったサイトは以後手間をかけることがほとんどなくなり、サイトが不労所得を産むことになると。
それまでそんな視点は僕にはなかったので、なるほど、と思いました。
でも、「働かなくても月収100万円稼げた!」などという記述を見ると、そんなうまい話があるはずがない。
大企業ならともかく、個人が手がけるネットビジネス程度で、月収100万円など稼げるはずがない。
稼げても月数千円のおこずかい程度だろう。
僕はWEB関係のシステムを仕事で構築しています。
システムがどれだけ大きな予算をかけて作らているか、知っています。
「働かなくても月収100万円」なんてWEB開発の実情を知らない素人が、ただ煽って書いているだけだろう。
何も知らないくせに、恥ずかしい人たちだ。
こんなのにひっかかってはいけない。
しかし、何も知らなかったのは自分のほうでした。
個人レベルで、いわゆる「ネットビジネス」をして、稼げている人はいるのでした。
販売について勉強しまくって、そのスキルを活かしながらネットを活用し、人を雇わなくても、いまや年収数億円という人。
着目する視点が違っていました。
仕入れ、経理、営業、販売の役割をネットに任せられる時代が来ていたのです。
ソフトウェア業界の記事を見ていると、そんなことも出来るかな、とボヤァ~とは思いますが、具体的にどうしたらいいのか、わかっていませんでした。
僕は「コミュニケーション能力が高くないと脱サラはできない」と思い込んでいました。
一昔前はそのとおりだったと思います。
しかし、ネットを活用した時代のビジネス、「次世代型のビジネス」のやり方だと、特にずば抜けたコミュニケーション能力がなくても、誰でも実施できる再現性のあるカタチで、起業が可能だとわかりました。
しかも、ネットビジネスなら初期投資がほとんどかからないで事業を始められます。
守るべき家族もいますし、初期投資が回収できないリスクは最小限にしたいです。
今までサラリーマンしか選択肢がなかった僕は、会社から言い渡される無理難題にも無条件に従わなければなりませんでした。
それは、他に稼ぐ手段を知らなかったからです。
他の選択肢があれば、「ここがダメでも別に移れる」と、心に余裕を持てます。
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ネットビジネスを学べば脱サラできる!と確信した僕ですが、
このような心境に至るまでに、実は紆余曲折がありました。
「何もせずに月収100万円!」という踊り文句に乗って高額の教材費を払うほど、お金に余裕はなかったのですが、
ある日、ネットビジネスを広範囲にわたってよく知っている人に出会いました。
サイト、メルマガ、Youtube、ツイッター、Facebook広告によるPPC、LINE、あらゆるジャンルのアフィリエイトに精通していました。
顔出ししている動画を見ると、稼ぐことに対して非常に誠実に見えました。
高額塾と呼ばれるもので25万円しましたが、本気で脱サラしたかった僕は6カ月の月払いの支払いで、その塾へ飛び込みました。
入塾してすぐにスカイプで面談を受けました。
僕がどのようなネットビジネスに適しているか見極めてもらうためでした。
また、今まで主催者の彼が実際に行ってきたアフィリエイトの方法やツールはすべて提供されました。
そして、チャットワークで会員同士の情報共有をはかれる場も提供されました。
そして、「なんでも聞いてください」と、個別に主催者へ質問するチャットワークの場も与えられました。
しかし、です。
初心者は、「何を質問してよいかもわからない」のです。
どこから始めたらよいかもわからないので、何か指示されるのを待つことになります。
何かを指示されるまで、わけのわからない作業をひたすら苦行のようにやり続けます。
「これで正しいのだろうか?」と常に不安に思いながら。
そして、言われたことを実施してもなかなか成果が出ず、3カ月も経つと「本当にこのまま続けて意味があるのか?」という疑心暗鬼に勝てなくなります。
その頃は気づかなかったのですが、「なぜこのような作業を行うのか」という指導を受ける大切さがまったくわかっていませんでした。
だんだん放置されていると感じ始めました。
主催者は「あなたを稼がせたい」ときれいなことを言っておきながら本当は、「効率よくお金を得られればそれで良い」と思ってるんだろう、と。
誤解を恐れず暴露しますと、情報商材とは主催者が効率よく稼ぐためのパッケージです。
なので情報商材では、なるべくアフターフォローという手間をかけないように、直接ひとりひとりと対話する時間を作らないで済むように、稼ぐためのマニュアルを提供します。
なので、僕が入った高額塾は手法として必ずしも間違っていないのですが、ネットビジネス初心者向けのコンテンツがまったくありませんでした。
僕はその塾の内容を続けるのは6カ月が限界でした。
実はアフィリエイトは大抵が、6カ月超えてやっと成果が出てくるものです。
なので、諦めるのが早すぎだ、と言う人もいると思います。
しかし、そういう常識も教育されず、夜会社から帰ってから2時間、家族が寝静まった暗い部屋で作業し続けた結果、
視力が「目にわかるように」落ちてしまいました。
もちろん視力の低下は自己責任ですが、それでもこれだけやって何も成果が出なければ、限界になるのも無理ないのではないでしょうか?
よく言われることですが、情報に投資すること自体はビジネスを行う上で正しい選択です。
例えば闇雲にやって、失敗しては軌道修正しながら我流でネットビジネスをしていたら、10年経っても脱サラできるかわかりません。
なにごともお金を払って知識を得ることで、ショートカットできます。
ただ、自分のレベルにあった情報商材で学ばないと、僕みたいに徒労に終わります。
また、ノウハウさえ学べば稼げる、という考え方も初心者が陥りやすい誤りだと思います。
僕が高額塾で失敗したように、ノウハウだけ提供されても稼げないのですね。
ノウハウの裏に潜む意味を自ら解読する能力が必須、ということです。
それがビジネススキルと呼ばれるものです。
ビジネススキルを磨かないと、うまくいかないときにうまくいかない理由を検証する方法もわからないし、軌道修正する方法も思い浮かばないし、「A」プラス「B」で自分に適した新しいビジネスも生み出せない。
ノウハウの前にビジネススキルを学ばないといけない、そう理解しました。
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高額塾の件で僕はかなり凹みましたが、脱サラしたい気持ちは変わりませんでした。
自分のスキル、プログラミングにマッチしたネットビジネスはないか。
または、プログラマーでも一からビジネスそのものを学ぶことはできないか。
そんなことを考えていると、出会えるものなんですね。
先ほどお話しした、ネットを活用した「次世代型のビジネス」です。
次世代ビジネスは先にも書きましたが、簡単に言うと以下のような内容です。
☑インターネットを活用して、1人でも起業する方法。
☑少額のキャッシュポイントを構築したら、それを拡大する方法。
☑ネットビジネスのノウハウに特化せず、1億円事業を1年で構築したビジネススキル全般。
興味のある方のために以下にリンクを張っておきます。
↓↓↓
メール、ツイッターやFacebookなど、これらのツールを利用したことがある人なら、ネットをビジネスで活かせることを肌で感じていると思います。
WEBのシステム構築をしているプログラマーである僕ならなおさらでした。
ネットビジネスを勉強した1年後、月10万円の収入を達成
加藤将太さんのコンテンツでネットビジネスを勉強した1年後、僕は月10万円の収入を達成することができました。
1年はちょっとかかりすぎかもしれません。
僕は「プライベートがゴタゴタしていたり」と、ネットビジネスに集中して取り組むことが出来たり出来なかったりしていたので、こんなにかかってしまいました。(泣)
しかし、人によってはもっと早く月10万円は達成できると思います。
加藤将太さんの次世代ビジネスセミナーは、「1年で1億円起業を達成する」ことを掲げています。
月10万円では脱サラするにはまだまだ全然足りませんが、これをこれから拡大していくことで最終的にお金や時間にとらわれない生活ができる確信があります。
なぜなら、ネットを利用したビジネスについて、パソコンを持っていない人も対象にしたところから始まり、ゴールまでのスケジュールを組んで解説されているからです。
「後はやれば、おのずと結果がついてくる」状態なので、確信を持てるのです。
この加藤将太さんという方はどういう人かというと、京大を経てMBAを卒業し、実際に1年で年収1億円を達成した起業家です。
そういう人が事業を1億円に育てるときに必要だったこと、を要素に分解して具体的に教えています。
僕が現在実践しているのはネットビジネスですが、この経営ノウハウはネットビジネスだけのノウハウではありませんでした。
むしろ実業を経営する人が基礎を固め、広げていくことで利益を数倍にするというノウハウでした。
もし興味がおありでしたら、今ならお試しでコンテンツをかなりの部分視聴できます(昔は有料でした)。
無料で視聴できるので、ご自身に向いているか判断できると思います。
先に書きましたが、自分に合ったコンテンツでないと成果が出ません。
↓↓↓
会社勤めで不満を持っているサラリーマンは、70%いるそうです。
つまり我慢が報われると考えているサラリーマンは30%いるのですが、そういう方たちはそのままサラリーマンのほうがいいと思います。
しかし、会社で窮屈な思いをしているサラリーマンのほうが圧倒的に多い、ということです。
窮屈に我慢しているけれども、他に稼ぐ方法を知らないから、甘んじて我慢を受け入れているわけです。
サラリーマンに対して「我慢することは怠惰なだけ。」と言った人がいました。
ずっと僕の心に引っかかっている言葉です。
ストレスに感じていても「我慢=収入」なのだから、生活していくには我慢することが当たり前。
そういう思い込みをして、「我慢なしで働ける方法」を考えることを放棄している。
それは「怠惰」なのだと。
「我慢」することで「他の考え方を取り入れる努力」をせず、「怠惰」に過ごしている、ということですね。
僕はさらに、やりたいことにも蓋をしてしまっているのがサラリーマンなのではないか、とも考えます。
夜は疲れて帰ってきて、土日の休みには寝て過ごす。
休みに疲れて何もしないで過ごすのが当たり前で、それを良しとしてしまう「思考」に陥ってしまう。
自分が幸せに過ごせる場所を探したりすることも、諦めてしまっている。
もしあなたが脱サラを少しでも考えたことがあるなら、まずはリスクのない方法で、ビジネススキルを学ぶ機会を作っていただきたいと思います。